恨み・ます

前を向いていきたいけれど、たまに荷物の重さに立ち止まってしまいます。

忘れたふりはやめろ

この休みに本を2冊読んだ。

田房永子さんの、それでも親子でいなきゃいけないの?
と、
小野美由紀さんの、傷口から人生。

田房さんの本は母がしんどい以降全部読んでる。

田房さんの方は親への恨みは今も消えないけど、
親は親で大変だったんだな
と思える余裕ができて親と再会していた。

小野さんの方は、自分の生き辛さを親のせいばかりにしていけない、
お母さんと戦って関係を改善できてた。


私がこういう類の本を読むのは、
自分と同じような経験をした話を知りたいという気持ちと、
もうひとつは今親と会うことをやめている自分を正当化する為。

会わなくなった今、毎日が楽しいし気も楽な反面、
年老いた両親をほうっておいて悲しい目に合わせている罪悪感も消えない。

だから同じように親と絶縁してる人の話を聞いて、安心したい。

考えれば考えるほど私は間違ってない!日々を楽しもう!という結論に達するけど、
それでも心の片隅にこちらを恨めしそうに見てる両親がいてその視線が辛い。


私は親に謝って欲しい。
いや、謝ってくれなくても、過去のことを全くなかったことのように振る舞うのをやめて欲しい。

過去を美化し記憶を改ざんされると、
私の中にある怒りが行き場を失って苦しくなる。

あったことはあったこととして忘れたふりをしないで認めて欲しい、
ただそれだけだ。